2011年 03月 12日
今回の地震でボクたちが得たこと
まず、今回の地震によってお亡くなりになられた方に
ご冥福をお祈り申し上げます。
またそのご家族の方々にも心からお悔やみ申し上げます。


R-D1s COLOR SKOPAR 21mm F4
ISO: 200
露出: 1/588 秒
絞り: 8.0

3月11日14時46分頃発生してからボクは何をや
っていたのか。
都内にある本社ビル内にいたボクは、いつものこ
とと、タカをくくっていたはずだった。
と、同時にいつもの揺れとは、入り方が違うこと
にも気が付いていた。

最新のビルであるので、免震装置ってゆーか、地
震対策はキッチリしていると聞かされていたけれ
ど、いつも非常に横揺れがすごくて気持ち悪りぃ
なぁと思っていた。

ところが、今回の14時46分頃だが、まずはドン
ドンと縦揺れから入って行ったのだ。
その後横揺れがはじまり、「ユーラユーラ」と揺
れ始め、船酔い気味になってきたところで、想像
もしてなかったような、横揺れ、いや、横ブレと
言ってもいいくらい、もう立っていられないほど
の激しい揺れに変わっていったのだった。

子供の頃から「地震だ!机の下にもぐれ!」って
訓練はしてきたけれど、自ら机の下に避難したの
は生まれて初めてのことだった。
だって、立ってられないんだからね。

その机の下に持っていったものは、ノートPCと
iPhoneである。
Twitterを立ち上げ、流れ行くTLを眺めながら、
現状把握のための情報を掴んでは、皆に叫んでい
たんだと思う。

そんな時間がどれくらい過ぎたか分からないが、
窓の外を見ていた人から声が上がった。
「炎がぁぁ!!!」
後で考えるとお台場のテレコムの火事だったと思
うけれど、ボクはGoogle地図を立ち上げて、そ
の炎の方向を確かめた。
ほどなく、Twitter上にテレコム火事の表示を見つけた。

現状を把握したみんなは家族や実家に電話を掛け
まくった。当然繋がらない。
会社に近いある者は飛んで帰っていった。
保育園に子供を預けている者も保育園にすっ飛んで行った。

電話とメールはなぜだかauだけが繋がったのに
は笑ってしまったけど。
とにかく連絡を取り続けた結果、都内近辺に居る
家族らには無事を確認できたらしい。

社内業務的にはすぐさま外出者にツイートをかけ
て無事を確認していった。
Twitterを使ってない者にはメール、電話だ。

地方(特に東北方面)への連絡は困難を極めたよ
うだったけど、なんとか全員の無事を確認した頃
には夕方を迎えていたのだった。

この日、3月11日14時46分からの出来事で得た
こと、それは、通信インフラの確保やドコモや
au、SB等のキャリアに頼らないネットワーク電
話の有用性、Twitterの必要性であった。

特にTwitterに関しては、今回机の下に隠れてい
たボクの精神的な支えになってくれただけでなく、
今日も情報を運んで来てくれているわけだから、
これから生きていく上でも必須のアプリではない
かと思った。

まだ、地震被害は終わったわけではない。
今日も明日も、いや、数年先まで続くのであろうと
思うけれど、希望を持って生きて行くしかない。

そして、Twitter TL情報の有益性と有害性等々、
今、話題になっていることも含めて、311から
ボクらは得なければいけないことが、これから
益々あるのだということを忘れてはいけない。
まだ、始まったばかりだ。
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by enthu_crap | 2011-03-12 20:45 | 鎌倉・江ノ島スナップ


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